闇より深い闇ブログ

闇深き奇天烈人間のブログ

好きにはなれない

たまに「自分を好きになりましょう」と言われることがあるのだが、全くもってピンとこない。

自分を好きという想いが度を越すとナルシストになってしまう気がするし、そんな気持ち悪い感情は持ちたくない。

ましてやそれが自己肯定感に繋がるといわれてもますます脳内コンフュージョンが悪化するばかりだ。

そもそも自分を肯定?存在自体が許されない私のような人間が自分を肯定することはただの開き直りや正当化にはならないだろうか。

 

自分の嫌いなところはたくさんある。

とはいえその対極に反転してみたいかと言われればそれも御免蒙りたい。

「0か100か気質」を非難されたこともあるし確かに自分でもしんどいのだが、34や42で満足する自分はもはや自分ではないとは思う。やはり可能な限り100にこだわりたい。

「繊細な人間はTwitterに向いていない」というある方のツイートを拝見し、確かに些細なことで傷つくのは辛いと思ったりもしたのだが、自由奔放に発言した結果知らないうちに誰かを傷つけてしまうような人間にもなりたくはない。

とてもしんどい生き物だし、自分の欠点も数多自覚してはいるものの、人間改革をして今とは違う種類の(自分が思う)ダメ人間にもなりたくないのだ。

 

こんなうじうじ人間なので、歯に衣着せぬ人からは罵詈雑言めいたことを言われることもある。その都度猛省したり悲しくなったりもする。

「意味不明」と言われたりもした。きっとそうなんだろうな、とも思う。

 

自分を否定したいわけでもないが、やっぱり肯定できる材料はなかなか自分では見つけられない。好きにもなれない。

だから自分を大好きな人や自信しかない人を見ると、自分とは別の世界にいらっしゃるのだな…と眩しさに目を細めながら一歩二歩と下がってしまう。

その光に近づくと干上がってしまうので少し離れた場所から「凄いなぁ」と静観させていただくのがいちばんいい。